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かかさんから

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ご支援してくださる皆様へ

 2月24日午前11時15分。今、隣にこん太郎が深く静かな息遣いで横たわっています。
21日ぐらいから足取りが少しふらっとなり、22日にはもっと顕著にふわっとした足取りになりました。
23日午後にはけいれんを起こし立つこともできなくなり、今が見送るときなのかと思う状態でした。
しばらくすると箱座りができるようになり、またとっとと歩けるようになりましたが、食欲は22日の夜が最後でした。
大好きなクリニケアももう飲めません。手足の肉球ももう冷たいです。
 10年前の初秋、交通量の多い国道の歩道橋の下に捨てられていたそうです。近くの塾に通う中学生が「かわいい」と言いながら連れて行き、授業が始まる前にまた道路の横においたそうです。
すぐ近くにあった八百屋さんが一部始終を見て、見るに見かねて、保護されてきた子でした。
生後3ヶ月くらいの健康な人懐こいシャム柄の子でした。ジャンピング抱っこが得意で、当時は私の首の辺りをちゅっちゅと吸っていたのを思い出します。
 平成16年の春頃から、吐き気を伴うとてもきつそうな状態になりました。半日ぐらい部屋のすみっこで横たわり、苦しい時間の後、とてもひどい吐き気におそわれていました。
吐いた後は少し気分がいいのですが、またすぐ横たわるような状態になる毎日でした。
1軒目の病院から出たお薬では全く変化がなく、2軒目の病院での治療でこん太郎は3年近くの寿命を神様からもらえたように思います。
吐き気がだんだんと楽になってきた頃、午前中病院へ行き普通に戻ってきたのに、午後3時頃手足に力が入らない立ち上がれない状態になっていました。
気づいてすぐ、またタクシーで病院へ行ったのを覚えています。
抗がん剤の治療がはじまりました。副作用の反応が強く出たので、この治療は2回で打ち止まりとなりました。
担当の先生が、何かこん太郎に合う治療法はないかと一生懸命考えてくださり、毎日2種のお薬を朝晩2回欠かしませんでした。歯ぐきに混入する注射も2週間に一度欠かしませんでした。
口数の少ない先生に向かって「先生、こん太郎、さくらの花見れるかな」と問いかけたことを覚えています。「残念ながら難しいでしょう」そう答えられました。
それから丸々2年こん太郎は頑張ってくれました。お口の痛みもありましたし、途中で腎臓も悪くなりましたので、お薬に注射に皮下点滴にとこの3年近くの間、担当の先生に会った数は一番多いと思います。
先生がよく「こん太郎さんが、何でいまだに生きていられるのか、理由が解りません」とおっしゃっていたのを思い出します。
特にここのところお口の痛みが激しく1日おきに注射に通っていました。
そんな時、食欲がなくても自分からクリニケアを進んで飲みに行っていました。高価なクリニケアを皆様がずっと支援くださり、本当に有難うございます。
今、こん太郎が頭を少しもたげました。毛も抜けてしまってつるつるになった頭をなでました。皮膚の免疫力も弱ってしまい、この1.2週間で皮膚はぼろぼろになり、背骨も浮き出てしまっています。
「よくここまでがんばったね」としか思いはありません。今、また、こん太郎が頭をもたげました。
これから何時間になるか何日間になるかわかりませんが、私は、こん太郎に対して最後のするべきことをしなくてはなりません。
こん太郎の眼に映る私の顔が落ち着いて穏やかであるように努めたいと思います。
こん太郎を見守りながらこの文章を書きます。「こん太郎」と呼びかけると、真っ直ぐ私の顔を見て「はぉ」と返事をしてくれました。「こん太郎、ありがとう。頑張ってくれてありがとう。」

「大好きなクリニケアをたくさん有難うございます」 by こん太郎


                        2月24日 午後0時30分  かか


文:あんず

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