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2010年1月13日

訃報:あしょか

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あしょかの訃報が現地から届きました。


12月31日の夜9時、
2009年を最後まで見届けてから旅立ちました。


「何かする度に、ふと気付くとあしょかの名前を呼んでいます。あしょかが居なくなった事を口にするのが苦しくて、連絡するのがこんなに遅くなってしまいました。」
電話の中で、何度もかかさんがそう話していました。


以下、かかさんから聞いた話をまとめました。

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この年末、かかさんは、どうしても実家に戻らなくてはいけない用事がありました。
新しいスタッフの目処が立たず、容態も思わしくない子が何匹もいる状態の中での急用だった事で、
「皆で高速に乗って一緒に田舎に帰ろうね」
が、少し前から療養組の合言葉になっており、あしょかもずっとその言葉を聞いていました。


12月30日、帰省前日の夜。
この晩、あしょかはいつも眠る電気毛布の上ではなく、一晩中かかさんの布団の側に座っていました。右に居たかと思うと左に移動し、また気がつくと右に移動。そんな風に一睡もせず、身体のどこかをかかさんにくっつけるようにしながら、一晩中起きていました。
自分自身も日中の疲れで朦朧とする中、いつもとは違うその様子に、時々目を開けて確認すると、その度にあしょかはとても眠そうにしていたそうです。
眠くて眠くて、白目を剥いたり、頭がグラグラしていたり・・・
それでも、寝そうになると、ハッとして目を開け、立ち上がって場所を変える事を繰り返す。そんな風にして、ついに一睡もせず大晦日の朝を迎えました。


そして大晦日、出発の日。
この日はとても寒い一日で、あしょかには、夢ままさんが送って下さった服と私が送った服を2重にして着せ、身体が冷えないようにしていました。
夕方、療養組の目の離せない子達と一緒に出発して実家に着いたのは夜9時。
あしょかは、かかさんに抱きかかえられて家の中に入り、そこで息を引き取りました。
大晦日の夜にふさわしい、静かな旅立ちだったそうです。


実はこの1週間前、
あしょかは今までとは明らかに度合いの違う発作を、2日続けて起していました。
今にして思えば、この時に旅立っていても不思議ではありませんでした。
けれど、あしょかは皆と一緒に田舎に行きたかったのだと思います。

自分の心臓の調子は、あしょか自身が一番良く分っていたはずです。
~此処で目を閉じたら、もうこっちに戻って来られない~
そう思ったからこそ、出発の前日は、一睡もしないで頑張ったように思えてなりません。


「皆で高速に乗って一緒に田舎に帰ろうね」
その言葉通り、あしょかは皆と一緒に田舎に行く事が出来ました。
あしょかは、かかさんとの約束を守り、思いを遂げてから旅立ちました。

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後日、あしょかは2枚の服を着たまま荼毘に付しました。
寒がっていた様子を思い出すと、どうしても脱がせる事が出来なかったそうです。


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【2001年】
3歳の頃。
美人で、子供が嫌いで、飛び跳ねると耳がぴょこぴょこ踊って、食いしん坊で、他の子が残したご飯を狙ったりして、そんな可愛い子でした。
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【2006年】
心臓の発作が激しくなり、他のわんこ達から離れて療養組に移動しました。
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【2009年6月】
茶々と一緒に美味しいものをおねだり。
療養組に行っても、食いしん坊は変わりませんでした。
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【2009年7月】
ウッディコーナーにて。この頃から腹水が溜まるようになりました。
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沢山の楽しい思い出を有難う。
また何処かで会おうね。
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