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現地近況報告

緊急のお願い

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現地から、大至急のお願いが入りました。


次回の給料日まであと10日あまりとなりました。
先程郵便局と農協に行きましたが、両方の金額を合わせても、2/10までの動物病院代を捻出するのが精一杯で、お給料分は全く確保出来ていない状態です。

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人手があってこそ、今の状態を何とか維持できます。
いつもお願いばかりで大変申し訳ありませんが、どうぞご支援の程宜しくお願い致します。

写真:りここ

低反発マット 人間用

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先日シャオさんが送付して下さった人間用の低反発マット。
早速使用したところ、とても具合が良くて驚いたそうです。
日々のストレスから全身のコリが酷いかかさんですが、
最近では集中して看病しなくてはいけない子が多い事と、
その医療費の工面で悩む事が多い為、特に首と肩がガチガチです。
これでゆっくり眠れそうですと大変喜んでいました。
有難うございました。

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使用初日、ちほさくこも大喜びで一緒に寝ていたそうです。
※写真はまだ低反発マットを敷く前の様子。

夕べ、現地より皆様への元旦の御挨拶が届きました。

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御支援して下さる皆様へ
新年あけましてあめでとうございます。
旧年中はあたたかい御支援本当にありがとうございました。
年の瀬にはララクナ様が現地へお手伝いに来て下さり、30日には大工さんの御夫妻が来て下さりました。
大晦日の午後、近所の子供が騒ぐので、私もお外に出ました。すると、「おばちゃん、猫可愛いねぇ」と話し掛けてきてきれたのです。ウッディには丁度たいがぁ君やいら椿がいて、網ごしにドビーンをしてくれて、子供達も指で触って喜んでいました。すねっちいがお空の廊下を歩いてみせてくれたり、姫華が呼ぶと返事をしてくれたり、野良猫のキティ君が通っていったり、子供達がキャッキャッ喜んで居ました。
一番年下の子から「抱っこ」と言われた時は照れました。(人間の赤ちゃんにはあまり御縁がなかったので・・・)抱っこしました。その感覚はちゃちゃを抱っこするのとそっくりでした。去年亡くなったぎんなんこも抱っこが大好きでした。里親さんにもらわれていったぐりの妹「どん」も散歩に行くといつも「抱っこして」と言っていました。抱っこが好きな子はなるべくたくさん抱っこしてあげたいと思います。ぎんなんこを亡くした時に後悔しましたので・・・。
除夜の鐘はウッディで聞きました。それからわんこハウスに行って「あけましておめでとう」を一人一人ずつに言いました。丁度除夜の鐘に遠ぼえをはじめていましたので・・・
皆様のお陰で大変良い日々を過ごす事が出来ています。庵の子一同とともに新年の御挨拶と御礼を申し上げたくペンをとりました。こちらは夕方から雨が降り出しました。いら椿はハロゲンの前で考え事をしています。ちゃちゃはピンクのいちごハウスにすっぽりはまっています。わん太郎はバルコニーで門番をしています。銀幸子ちゃんはウッディで何かあさっています。神無ちゃんはお空の廊下を走り回って戻って来ません。そんなこんなで元旦も過ぎようとしています。
今年も悔いの無いよう、毎日を過ごしたいと思います。
皆様どうぞよろしくお願い致します。

平成19年 元旦 さるこの庵 かか

現地からの近況報告が届きました。
少し掲示板が落ち着くのを待っていた為、掲載が遅くなった事をお詫び致します。

<ここからかかさんのメッセージ>************************************

いつも御支援有難うございます。”大・大・大至急”等のお願いの時も、いつも物資が届くかなと心配なのですが、どなたかが必ず御支援下さり、いつもほっとすると共に”「ああ、気にかけて掲示板を見て下さる方がいて下さるのだ”と先の保証の何も無い毎日の中で大変相Rがたく手を合わせ感謝致しております。
先の日曜日、みぞれの降る寒い中、大工さんがボランティアで来て下さり、ウッディにニャンコの廊下を作って下さりました。廊下の左端には小さな犬小屋があり、ニャンコがくつろげる様になりました。「お空の廊下」「お空の別荘」と名付けました。
初歩きはすねっちいがしました。
その後、のうちゃんが嬌声をあげながら走り回っていました。
ケアルームは一日中ぽかぽかにしています。ニャンコ達は出入り口から自由に出たり入ったりしています。でも、やっぱり外が苦楽なり、温度も下がってくると一人一人と暖かいケアルームに戻ってねんねします。
最近支援して頂いた「いちごハウス」も好評で、ケアルームが明るくなりました。もちろん皆にも大好評です。今、私の右側のピンクのいちごにはあか夫君、赤いいちごにはすいか、丸太の上の赤いいちごにはぶんぶんが、ほっかほかとくつろいでいます。
たった今さっき、バルコニーに出て行ったたいがぁ君が、お外からサッシを”さるこ掻き”(カッカと壁を両手で研ぐ仕種)をして「入れて」と合図しました。サッシを開けるとすぐ中に入り、私がこの文章を書いている机の上で私にほおずりをくり返し、次に銀幸子ちゃんのお顔をなめてもらっています。しつこく銀幸子ちゃんが舐めるのでちょっとチョップしたみたいです。銀幸子ちゃんが「ワァオワァオ」と怒っています。そして今は私の横に二人並んでくつろいでいます。
皆様に少しでも皆の様子をお伝え出来たでしょうか。

【脱走】
先週の水曜日、お天気が悪かったのでわんこを全員お外につなぐ事は無理でした。今迄そういう場合のわんこのお世話がとてもしづらかったのです。何とか少しでもわんこたちが気持ちよく過ごせる様にしたいと、いつも考えて来ました。
出入り口をいろいろな物で塞ぎ、敷地外に脱走出来ないようにすると、部屋ごとにお外に出て歩き回り、排せつを済ませてケージ掃除をしている私の所に戻ってきます。
ところが、脱走の名人の梨々子ちゃんを真似て、息子の吾梨作がブロック塀を跳び箱のように跳んで出て行ってしまいました。りここも真似してしまいました。
(梨々子ちゃんはすぐ戻ってきましたが)その後何度名前を呼んでも二人は帰ってきません。散歩道も名前を呼びながら歩き、近所を歩き回ってもその晩は帰ってきませんでした。
りここが帰ってこない事はあり得ない。それだけは自信がありました。りここに関しては”何か起こった”という不安が募りました。
吾梨作は梨々子ちゃんという強者のお母さんがいるので、そう賢くはありません。脱走常習犯の梨々子ちゃんについて走り回っている内にはぐれて帰って来られなくなったに違いありません。
その晩は遅く迄二人を待ち、朝も早くからわぁわぁ広場を探しましたが、戻っていませんでした。やっとお昼過ぎ、裏の空き地にりここが居るのをパートさんが見つけました。すぐに走って行って「りここ」と呼びましたが、尻尾も振りません。身体も起こしません。空き地へ登っていって、りここを抱くように身体をみました。内腹に左右2ケ所の深い裂け目と、ものすごい範囲の内出血がありました。すぐ動物病院へ連れて行きました。犬同士のけんか傷ではないかとの診断で、2ケ所を縫い、内出血が酷いので血液検査をしました。命に別状は無く、今はカーラー姿で、昼間はケアルームの中で私の近くに置いています。
吾梨作は”迷い犬探しています”のポスターを何方かに作ってもらおうと決心した日曜の朝、戻って来ました。その間、水・木・金・土と、「吾梨、吾梨」と名前を呼び続け、一日一日と不安が募る上、りここの大怪我もあり、すっかり私も参ってしまいました。
私の中に焦りがありました。
「一日も早く、私の身体に何か起きても皆の生活が維持出来る様にしなくてはならない」と。
M ちんは立派にその役を努めてくれましたが、年齢も私と近いパートさんに同じ事は望めません。20才前後の健康な若い女性が2年ともたずに過労から体調不良になってしまう。それだけの重労働の毎日が続きます。その上皆の健康管理、看病、そして死を看取るという精神的な重圧も重なります。少しでも人手が増えて、一人一人の負担を軽くする以外、人間一人では持ちこたえられません。

【設備】
私自身、自分の体調管理すらままならない中で、焦りだけが先走りしてしまいました。
新しくパートに来て下さる事になった方に、私と同じ動きを求めてしまいました。すごく犬に慣れている方だったので、私も油断してしまいました。ろくる太郎がその方に怪我を負わせてしまいました。年内完治は無理だそうです。
うかつだったと思います。と、同時に世話をする人間の負担も軽くなる設備が必要だと強く思います。
今回、是非これで健康な猫達の部屋をリフォームして欲しいと御寄付下さった方が居た為、来年一月にエイズ、白血病に感染していない子達の為に、なるべく広い空間と、外の陽射しを浴び、風を感じる事の出来るウッディのような空間を作る予定です。
そしてその後は、わぁわぁ広場に脱走出来ないような設備を整えたいと思います。今回のりここと吾梨作の事で、その思いは募る一方です。
先日、同じ地区の親子連れ(お父さんと中学生位のお嬢さん)が、わざわざ敷地の周りを一周して歩いてこられ、ウッディコーナーの前で立ち止まられました。二人でウッディを見上げ、「ねぇ、可愛いでしょう」というような表情でお父さんを振り返り、
お父さんもニコニコして見上げていらっしゃいました。
今迄は子供が「くっせぇ」と言いながら自転車で通って行ったり、「おはようございます」の挨拶に鼻をつまみながら返事をされた事もあったり・・・
ウッディコーナーが出来ただけで周囲の方の眼がとても違ってきました。
中身は変わりません。
している事も変わりません。
ただ、一部の設備が端から見て整っただけに過ぎません。私も皆に対して申し訳なく思っています。数年前、わんこをつないでいた廃車を処分し、一人一人び犬小屋が並んだ時、集金の人が
「犬が上等になったように見える」
と、そう言われました。設備が不充分な為、上等でない、普通で無い、そういう視線をわんこ達は人から向けられていたのです。犬小屋が横にあってもなくても、わんこの価値は変わりません。でも、それが人の心なんだと思います。
そして、そういう状態だとわかった上で暖かく見守り御支援して下さる方々もいらっしゃる。それもまた人の心なんだと思います。
長々と文を書きましたが、どうかさるこの庵の現状を知っていただき、設備を整える為の資金の御支援をお願い致します。日々の御飯、医療費等の御支援を受けている状況で、これ以上の支援を望む事は強欲な事だと、はなはだ承知しています。その上で重ねてお願い致します。
さるこの庵は、暖かい人の心に溢れ、わんこもにゃんこもそのあたたかさに触れ、寿命を全う出来るそんな場所です。命を看取るという事は、日々相手と向き合い、いたわりあう事だと思います。さるこの庵はそういう意味での看取りの場です。
管理センターでの処分数が一向に減らない現在の実情の中で、さるこの庵の存在はたくさんの人の心が形となったものだと思います。
どうか皆様、さるこの庵の維持、そして設備の充実に力をお貸し下さい。どうぞ宜し
くお願い致します。

追伸
わんこの銀幸子ちゃんも、にゃんこが入っていない時の赤のいちごハウスにこっそり入っています。今はピンクのいちごハウスに茶々が入っています。

12月20日 かか

<ここまで>***********************************


※パートの方は二人共退職してしまった為、今はかかさん一人です。
~皆様へのお願い~
ワン達の脱走防止の為には柵が必要です。
来年になると思いますが、見積もりが判り次第、掲示板にて御支援のお願いをさせて頂こうと思います。
柵設置の為に、是非御支援に御協力下さい。

掲示板を見て下さる皆様へ

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今年のカレンダーも最後の一枚となりました。皆様如何お過ごしでしょうか。
さるこの庵の子達も、お陰さまで気持ちの良いウッディで遊んだりしながら、毎日を平和に過ごす事が出来ています。
今日はこちらはとても風が強く、小雨も降ったりの寒い日となりました。わんこ達は、朝ケージから出て排せつを済ませ、御飯と食後のお水を済ませ、今はケージで次のお遊びの時間を待っています。これも長い間のあたたかい御支援のお陰と感謝の念にたえません。
今のウッディはケアルームから続いていますので、主に既にエイズ・白血病のキャリアの子達の遊び場になります。エイズ・白血病に感染していない子はケージ暮らしを徹底させています。自由に走り回らせて過ごさせてあげたいという思いと、怖い病気に感染させてはならないという思いの葛藤の日々でした。

死後硬直の様な状態で保健所で死を待つしかなかった「らこぱあるちゃん」をたまにケージから出してあげます。すると、とってん、とってんとした足取りでバルコニーへ向かい、階段を降り、ぐるぐるウッディの中を走り回ってケアルームに戻ってきます。
お口の大手術が必要だった「お山のうりうり君」を出してみました。ウッディの柵からお外を覘き、チャンスを見て道路へ出て、そこで背中を道路にうーりうりとしているところをゲットしました。
※共にニャンコ。エイズ白血病無しなので、ケージの中で暮らしています。/さいとう
ケージで毎日を過ごしている子達がどれほど走り回って遊びたいのかと思うと、正直とても辛いです。今のケアルームがある建物(の二階)を利用して、なんとかスペースを作り、ウッディの様な自然の光と風の中で過ごす事の出来るようにしてあげたいと願っています。とても贅沢な事かもしれませんが、エイズ・白血病が原因で、健康を害し、治療しても残念ながら死に
至ってしまう子を何人も看病し、看取ってきました。人間の管理によってかからなくて済むように出来るのなら、何とかその病から守ってあげたいという思いを消す事はできません。
どうか、たくさんの方の御賛同を得、御支援を頂けます様お願い申し上げます。

ところで11月30日まで2週間、研修生が来てくれていました。この間にニャンコ達を全員ケアルームに移しました。
 ※ケアルームの広さが足りなかった事と、部屋ごとに猫達の社会が出来上がっていた為、ニャンコ達はいくつかの部屋に分かれて生活していました。今回ウッディコーナーが出来た事でスペースが確保された為、お互いの相性を見つつも全員一部屋に集める事が出来ました。/さいとう
そして、ニャンコが使って居た部屋にワンコを寝かせ、今日みたいに天気の悪い日のお世話をしやすい様に工夫しました。
相性の悪い子達や、けんかっ早い子も居て、部屋割りもなかなか試行錯誤の状態ですが、各部屋を出来るだけ広く使えるようにしたいと思っています。人手がある解きに少しずつでしかありませんが、作業しやすい様に勤めています。

研修生は今回は研修のみという事になりました。残念ですが、無い御縁は仕方ありません。きっといつか良いスタッフが出来る事を信じて、さるこの庵の設備が少しでも良くなっていけるよう努めていくつもりです。

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現地に来て下さった方で覚えて下さっている方もあるかと思いますが、ニャンコの「うる」が昨日明け方永眠しました。
私はその晩、お山の頂上を囲む様に小さい虹が出ている夢を見ました。
「みんな見てごらん、綺麗な虹だよ。」
と、庵の子達に声をかけていました。うるは、きっとその時、私の横で虹の橋を渡っていったのだと思います。
9月から体調を崩し出し、色々な検査を受け、その度に治療をし、最終的に病名がはっきりしたのは10月の初旬でした。
それから2ヶ月治療を続けながら、うるはしっかり生きていました。私の頭を囲む様に眠るうるのゴロゴロ・・ゴロゴロ・・の声は忘れられません。最後の日までしっかり意志があり、私の顔を見つめていました。

その日は茶々(うると一緒にいつも車に同乗するワンコ)を連れて行かず、うるだけを連れてぶうぶう号で出かけました。
うるは助手席の自分の定位置から、足ももうしっかり歩けないのに、よろよろと運転席の私の膝のところまで来て、膝の上に手をかけました。
いつもは、うるは助手席に設置してあるハウスに入るので、茶々が膝の上に来る事が多いのです。
「ああ、うると二人だけで来て良かったな・・」
しみじみ思いました。
どの子もこの子も、その子だけのかかで居る事は出来ません。でも二人の時はうると、うるのかかです。

うるは灰色の綺麗な子でした。他の猫と居るよち一人で居る事を好みました。ゴロゴロの声が大きい子でした。どこにでも一緒にぶうぶう号で行きました。病院では激しく抵抗する子でした。尻尾も長い子でした。とってもとっても愛しい子でした。

皆様、長い間うるのこと有難うございました。
12月2日 かか



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身体が死後硬直のように固まったまま、動物管理センターで死を待つだけだった「らこぱあるちゃん」。
今は、歩く事が出来るようになりました。


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うる

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ケージ暮らしするうりうり君

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