「こんな時間にごめんね。
どうしても堪え切れなくて・・・電話してしまった。」
なんちんが旅立った日の夜、かかさんから、そんな電話が掛かってきました。
時間は夜の11時。
かかさんがこんな時間に電話してくるのは、本当に珍しい事でした。

15年前、子犬の状態で庵にやって来た「なんちん」。
一緒に連れてこられた兄弟はすぐに里親が見つかりましたが、なんちんは新しい家が見つからないまま、ずっと此処で暮らす事となりました。以来、いつもニコニコ機嫌の良いリーダーとして(ボスではなく)君臨し、常にかかさんの側で、一緒に庵の歴史を歩き続けてきました。
その「なんちん」が、まだ子供の頃。
「動物好きのお寺」と、マスコミに紹介された事がきっかけで、急激に犬猫が遺棄されていった事がありました。夜中の内に敷地内に置き去りにされていたり、時には「此処で引き取ってもらえないなら保健所に連れて行くしかない。」と、詰め寄られる事もあり、その数はあっという間に200匹を越えました。
けれど、当時の庵には今のようなHPを通じての支援はありませんでした。
自分達が食べるものすらままならない程の困窮した状態となり、水も電気もガスも全て止められ、それでも犬猫達の食料だけは何とかしなくてはと、かかさんは近所の商店を駆け回って、魚のあらや廃棄のお弁当等を分けてもらいました。
その頃、まだ運転免許を持っていなかったかかさんは、この自転車に乗ってお願いに回りました。そして後部座席には、必ずこんな風に「なんちん」が一緒に乗っていたそうです。
【思い出の自転車に乗って:2006年12月撮影】
どんなに古くなって壊れても、自身が運転免許を所得しても、かかさんは、一番苦しい時を支えてくれたこの自転車を処分する事は出来ませんでした。4年前、設備改善工事の際にようやく廃棄を決意し、最後になんちんを定位置に乗せて記念写真を撮りました。

他人様から施しを受けるのは難しい事です。
どんなに困窮していても、誰かの施しを受けるよりは自分で何とかしたい。施しを受けるのは恥ずかしい事。そう感じるのはごく自然の事であり、若い女性であれば尚の事、その感情は強いと思います。
皆の命を繋ぐ為と分っていても、自転車のペダルを踏み出すのにどれ程の勇気が要ったか、どんなに怖かったかを想像するのは、そう難しい事ではありません。後ろに乗せた「なんちん」に勇気をもらいながら、一足一足ペダルを踏んだ当時のかかさんは、何を考えていたのかな・・・
と、ふと、そう思いました。
【わあわあ広場の片隅に植えた桜】

なんちんが旅立った日、かかさんはいつもの様に現地の仕事に追われました。
スタッフ達とも笑顔で会話し、
仕事も普通通りにこなし、
なんちんを荼毘に連れて行く事も出来ました。
けれど、全てが終わって、夜、部屋に戻った後、なんちんが居ない空間がとても広くて、居ても経っても居られない程の孤独に襲われたそうです。
かかさんは、なんちんとの思い出を途切れがちにトツトツと話し、その晩はゆっくりと更けていきました。
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そういえば、一昨年わあわあ広場の片隅に植えた小さな桜の木に、今年は綺麗に花が咲きました。なんちんは、その桜の花の枝を一枝持って、虹の橋に旅立っていったそうです。