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かかさんの背中

訃報:こっこちゃん

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昨夜、梅組「こっこちゃん」が、8月16日に虹の橋へ旅立ったという連絡が届きました。


お気立てさんの影に隠れてしまっていましたが、こっこちゃんは随分以前から梅組と療養組を行ったり来たりしつつ闘病生活を送っている子の一人でした。
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こっこちゃんは白血病陽性の為、梅組(伝染病陽性専用部屋)で生活していました。
白血病の症状の主なものに、食欲不振、体重減少、貧血、下痢、発熱、脱水、鼻水、口内炎がありますが、こっこちゃんの場合は口内炎が酷く、痛み止めや点滴を受けながら頑張りました。痛いなりに食べられるようになっていましたが、身体は痩せる一方で、かかさんは随分と心配して手を尽くしていました。

途中からは肝臓の治療も始まりましたが、最後は白血病の症状が前面に出てきたようです。
免疫力の低下が著しかったため、インターフェロンを投与していましたが、急に体調が変わり、突然の旅立ちでした。
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旅立つ直前は、きっとしんどかっただろうと思いますが、最後までゴロゴロ喉を鳴らし、
「こっこちゃん」と呼ぶと顔をあげてこちらを見たりしていました。

かかさんに見守られながらの静かな最後でした。


長い間の闘病生活、お疲れ様でした。
こっこちゃんのご冥福をお祈りいたします。
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今年は冷夏と言われてきましたが、此処に来て現地も暑い日が続くようになりました。
エアコンを設置していても、その気温の変化は、弱った身体には応えるのかもしれません。

こっこちゃんが旅立った後、かかさんの手元には、こっこちゃん用に何本かまとめて購入したインターフェロンが残りました。資金がない中で、これだけはどうしても必要だからと、無理をして手配したもので、本来、これは全てこっこちゃんに使わせてあげるはずでした。

梅組で暮らす猫達は、全員エイズか白血病を患っています。
「皆の為に残していってくれたのかな・・・」と、電話口でかかさんが小さく呟きました。

こっこちゃんの荼毘は本日行なう予定です。

訃報:お気立てさん

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「お気立てさん」が、8月11日の朝、永眠しました。

~療養組でかかさんに甘えて:1  2009年7月31日撮影~
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お気立てさんは腎臓病でした。
腎臓は、体内の老廃物処理、水分の調節、造血ホルモンを作る大切な臓器です。
ここが不調をきたすと、尿毒が血液に混じったまま循環する為、吐き気や食欲不振、痩せ、下痢、口内炎がおこり、更に水分調節が上手く出来なくなるために脱水症状、造血ホルモンがなくなる事で悪性貧血を起し、生命を維持できなくなります。
一度かかったら全快する事はなく、かつ、もともと腎臓が弱い上に我慢強い猫にとって、早期発見が難しい恐ろしい病気です。


~療養組でかかさんに甘えて:2  2009年7月31日撮影~
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そんな病気だったにも関わらず、お気立てさんは本当によく頑張りました。

本来、2009年の梅の花を見る事も難しいと言われながら、梅の花どころか桜の花も見、夏の陽射しもたっぷり感じてからの旅立ちとなりました。そして、皆様から送られてくる大好物の「銀のスプーン」や、カロリーエースを食べながら、調子の良い時は梅組の仲間達の間に入ってくつろぐ姿が良く見かけられました。

4月末に腹水が溜まったにも関わらず、それが自然に抜けるという事が起き、現地の誰もが奇跡だと感じました。

5月になってからは、突如やって来た「ちびわんこ達」の成長を見守る姿が見受けられ、スタッフやかかさんの目には、まるで、自分の生命力をちびわんこ達に与えているようにも見えたそうです。


~ちびわんこ達の子守をする、お気立てさん 2009年5月撮影~
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7月末にいよいよ体調がおかしくなってからは、昼は梅組でスタッフ全員、夜は療養組でかかさんが常に側にいる状態で集中的に介護を行なってきました。瞳孔が開いてもうダメかと思う事も2度あり、食欲がなくなる事もありましたが、その度に不思議な生命力で復活し、ここまで頑張ってくれました。

療養組でのお気立てさんは、体調の悪さから、ゆっくり眠れる事は少なかったそうですが、この前夜は丸くなってすやすやと良く眠っていたそうです。
明け方しんどくなったようで、箱座りになりましたが、そのまま静かに旅立ちました。


~かかさんの車に乗って  2009年7月30日撮影~
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お気立てさんが旅立ったのは、ちびわんこ達7匹全員が無事に新しい家に巣立ち、中でもなかなか里親さんが決まらなかった「びしぃだちゃん(新しい名前:くぅちゃん)」が巣立ってから約1週間後の事でした。
偶然かもしれませんが、ずっと見守っていたちびわんこ達全員の幸せを見届けるまで頑張っていたんじゃないかと思えるのです。

お気立てさんの命の炎は燃え尽きましたが、その命の輝きは、ちびわんこ達の中に生き続けているような気がしてなりません。

今まで本当にありがとう。

お気立てさんのご冥福をお祈りしています。

訃報:すねっちぃ

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4月25日の夕方18時、梅組のすねっちぃが虹の橋を渡りました。

「がんばれ!すねっちぃ」として、日記で病状をお知らせした直後の事でした。

2009年3月撮影
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前日の夕方、
食欲が全く無くなった事と、呼吸の感じがいつもと違う事に気づき、そのまま検査を兼ねて一晩入院したすねっちぃは、翌日「エイズ末期で、空気中のちょっとした菌にも抵抗できない状態」という診断を受けて戻ってきました。

入院から戻った後もすねっちぃの食欲は戻らず、そのまま暖かい毛布に包まって安静にしていました。かかさんもスタッフも、そんなすねっちぃの事を気にかけながら一日を過ごし、
夕方、瞳孔が開き、少し体温が下がっていることに気づいた後は、すねっちぃが眠るケージにカイロを入れて暖かくしてあげました。

そしてスタッフが帰る時間となり、体操のお兄ちゃんが
「すねっちい、明日は定休日だけど明後日また来るから、頑張れよ!」
と言って仕事をあがった直後に呼吸が荒くなり、ほんの数分後に息を引き取りました。


それは信じられない程あっという間の出来事で、
かかさんも、獣医も、スタッフも、誰一人としてそれを予測できた人は居ませんでした。


2009年4月撮影(以下、全て4月撮影)
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「今、すねっちぃが私の膝の上に居るんだけど、まだ柔らかくて暖かいの・・・」


最初にかかさんから、呆然とした声でそう電話が掛かって来た時、
一体何の話か分からない位、すねっちぃの旅立ちは急でした。

最後の2日間は食事が出来なかったものの、それまでは普通に食欲があり、皆の中で普通に生活できた事、そして、ほとんど苦しまずにすーっと亡くなった事を思うと、すねっちぃの旅立ちはまさに大往生だったように思います。


お気に入りのバスケットに入って
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すねっちぃは、今から5~6年前に放浪の末にさるこの庵にやって来た子でした。
既に成猫だったため実際の年齢は不明ですが、おそらく8~10歳だったと思います。
食べ物と水に困り、行き場を失っていたすねっちぃが、こうして安らかに生涯を終える事が出来たのは、ここを支え続けて下さる皆様のお力のお陰だったと思います。


そして、長い間すねっちぃを見守って下さったダーナーのKさんに深く感謝します。

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お気立てさんが入ってくると、こうして場所をあけてあげていました。
お気立てさんの体調が悪いのを分かっていたからか、
それとも女の子だったからなのか・・・

すねっちぃは穏やかな紳士でした。
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最後の日はこうしてケージの中で静かに過ごしました。
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すねっちぃのご冥福をお祈りします。

Mちんの訪問2

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少し遅くなりましたが、3月にMちんが訪問してくれた時の写真です。
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久しぶりに再会を喜ぶ梅組のみんな。

奥から:あしょか・銀幸子ちゃん・茶々
Mちんの後ろ:ちびかかさん
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Mちん&茶々
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挨拶に出てきたお気立てさん
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わあわあ広場で、えれな君と。
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丁度チューリップ組で遊んでいた赤団子太郎。
元気に遊ぶ姿を見せてあげられました。
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この日は、じゅじゅのベランダにも出て遊びました。
M_akadango090418.jpg

Mちんの写真を見ているうちに、以前かかさんから聞いた話を思い出しました。

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昔、Mちんが此処を去った後、

「お姉ちゃんが居なくなったのは僕のせいだ。」
「お前が世話ばっかりかけるから、嫌になっちゃったんだって、皆が言ってた。」
「僕が、おしっこもうんちも自分で出来ないからだ・・」

そう言って、赤団子太郎はかかさんにしがみ付いて泣いたそうです。


「【そんな事ないよ。赤団子太郎は全然悪くないんだよ。】そう言って、ヒンヒン泣く赤団子太郎を慰めたの・・・」

そう聞いた時、
赤団子太郎とかかさんの顔が重なって見えたのを、昨日の事のように覚えています。


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今から5年前、
当時かかさんは布団から起き上がることもままならない程、身体が衰弱していました。
今のような人手はなく、かかさんとみんなの命は風前の灯火でした。

そんな時に来てくれたのがMちんです。
普通に考えたらまだまだ遊んだり、習い事をしたり、恋愛を楽しみたい年頃のMちんが、
かかさんに代わって皆を守ってくれたお陰で、全員が命を繋ぐ事が出来ました。

あの時、Mちんが居てくれなかったらさるこの庵は今頃どうなっていたか分かりません。


Mちんは此処を去った後も、
ずっとみんな・・・中でも赤団子太郎の事を気にかけてくれていました。


大好きなお姉ちゃんとの別れに泣いた赤団子太郎も、
その後チューリップ組でベビーベッドの生活をし、
同じ下半身不随の「じょいちゃん(故)」や「笑みちゃん(故)」との別れを経て、
今も元気に暮らしています。


かかさんは、Mちんへの感謝の気持ちをこめて、
後に続くスタッフ達に再び同じ思いをさせないよう、
皆が暮らしやすく、かつ人も働きやすい環境作りを目指して頑張りました。


この3年間で、それぞれが懸命に自分の道を歩いてきたからこそ、
今回、笑顔で再会出来たのだと思います。


「Mちん、【さるこの庵をこんな風にしてくれて有難う】って言ってくれたの。」
後日、かかさんからそう聞かされました(*'ー'*)


Mちん、また何時でも会いに来て下さい。

ジョイちゃんを偲んで

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3月13日に虹の橋に旅立った、下半身不随のジョイちゃんは、
一日に何度もオシッコを絞り、床ずれやかぶれを防ぐ為に下半身を綺麗に保ってあげる必要がありました。身体も弱く、丁度昨年の今頃も入退院を繰り返した事があり、当時かかさんは随分心配して毎日看病をしていました。

そのせいでしょうか。
現地から届いた写真にはジョイちゃんを写したものがたくさんあります。
あまりに可愛らしい姿なので、昨日に引き続き今日も幾つか掲載させて頂きます。
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入浴中の一枚。
小さなバスタブに入って、お尻を中心に綺麗にしてもらっていました。
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入浴後はここで待機。
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床ずれ防止用マットに載って、丁寧に身体を拭いてもらうジョイちゃん。
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下半身不随で大変な思いをしたジョイちゃん。
きっと今頃は、自由に走り回っているんだろうなと思います。

ジョイちゃんのご冥福をお祈りします。

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