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かかさんの背中

訃報:ジョイちゃん

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現地からジョイちゃんの訃報が届きました。

数日前、貧血の症状が出ているので現在治療中という話を伺い、
近いうちに此処でお知らせしようと考えていた矢先の事でした。

2009年2月撮影
ジョイちゃん(左)と、赤団子太郎(右)
joy090225.jpg
ジョイちゃんが虹の橋を渡ったのは、3月13日の午前3時30分頃でした。
かかさんはショックで朝まで一睡も出来ず、今もそのショックから立ち直れずにいます。
もっと何か出来たのではないかと思うと、どうしても自分自信を責めてしまうようで、今回の連絡も口頭ではなく、ファックスを利用したものでした。
まだ、ジョイちゃんの死を口にする事は出来ないようです。

さるこの庵に来たばかりの時、ジョイちゃんは、下半身不随による酷い床ずれを起こしていました。その状態は医者も驚くほどだったそうです。

まだ人手が全く無い中、かかさんは懸命にジョイちゃんを看病し、お尻を清潔に保ち、
後半はそのお陰でとても綺麗なお尻になっていました。
おそらく、かかさんでなければもっと早く違う病気で
(例えば感染性の腎疾患や床ずれから来る敗血症などの)
亡くなっていた可能性が強いだろうと、医者にも言われていました。


今回は、急に悪化した貧血の治療を始めたばかりで、骨髄の検査はまだ行っていませんでした。その為、ある程度の推測は出来ても、正確な病名は判りません。
先日のいいこさんに続き、ジョイちゃんの旅立ちも急なものでした。それゆえ、自分がもっと気をつけていれば、何か兆候に気付けたかもしれないと、己を責めてしまうようです。

ジョイちゃんは、赤団子太郎と一緒にずっと療養組のケージの中で生活していました。
今、そのケージには赤団子太郎が一人で居ます。仲良しのジョイちゃんが居なくなって、赤団子太郎がどれ程寂しがっているだろうと思います。

そしてかかさんは、
赤団子太郎一人になってしまったケージの方を、見る事が出来ないでいるそうです。

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今回、皆様にお知らせする為に写真を探した所、素敵な写真がたくさん出てきました。

写真の中のジョイちゃんは、
赤団子太郎と一緒にオムツを付けてチューリップ組まで遊びに出かけたり、
籠に入れて外出させてもらって、外の空気を吸ったり、
綺麗な花を見たり、
大好きな缶詰や刺身を食べたりしていました。


それを見て、ジョイちゃんは、かかさん・スタッフ・ダーナーのがたさん・応援してくださった大勢の方々から、たくさんの愛情を注いでもらって幸せに過ごしたのだと、改めて感じました。

急な旅立ちでしたが、たくさん素敵な思い出を持って虹の橋に行ったんだろうなと思いました。


2008年3月
下半身を清潔に保つ為、頻繁に洗ってもらっていました。
お風呂の後、濡れた体のままどこかに行ってしまうのを防ぐ為、
洗濯機の中に床ずれ防止マットを敷いてもらって、その中で待機中。
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2008年5月撮影
おむつをつけて、籠に入れてもらって外出。お花見をしました。
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2008年5月-2
この日は体調が良かったので、お花見の後チューリップ組に遊びに行きました。
じゅじゅのベランダにて。
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2008年5月
いつも、こんな風に点滴をしてもらっていました。
joy_tenteki080523.jpg
2009年2月撮影
この日も体調が良かったので、赤団子太郎と一緒にダンボールに入って外出。
チューリップ組に遊びに行きました。
joy090225-2.jpg
2009年2月--2
昔住んでいたベビーベッドの中で、皆と一緒に過ごしました。
これがチューリップ組の皆との最後のお別れになったかもしれません。
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2009年1月撮影
joy090128.jpg
ジョイちゃんのご冥福をお祈りします。

新鮮な水と美味しい御飯

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少し前にVOTのしんどうさんも書いていましたが、
さるこの庵には皆にお腹一杯御飯を食べさせてあげるのが厳しい時期がありました。
新鮮な水をいつも用意しておけて、美味しい御飯をお腹一杯食べさせてあげられる。
普通に生活していたら当たり前に思える事が、本当はとても凄い事です。
大勢の人に支えられて、無事に来年を迎えられる事に心から感謝します。
fuwata&sumomop20080729.jpg

写真はチューリップ組で食事中の「すももっp」と、手前で寝そべる「長太」。

訃報~もしょもしょくりん~

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12/20(土)の夜11時、かかさんに見守られながら、もしょもしょくりんが虹の橋へ旅立ちました。庵の最古参で享年15歳でした。
ダーナーのりえちゃnさんに送付するため写真を探したところ、誰か他の子と一緒に写っているものがとても多く見つかりましたので、ここで紹介させて頂きます。最古参にふさわしく、皆の面倒見が良い、穏やかなお兄ちゃんだった事が伝わってきます。今頃は、先に旅立った兄弟の「美尾太」、育ての親である「さるこ」をはじめとする大勢の子達と再会して、一緒に自由に遊んでいる事でしょう。


左から:いいこさん・まかぽたらっち、もしょもしょくりん
mosyomsoyo_fuhou1.jpg
療養組にて:むう夢ちゃんと一緒に
mosyomosyo_fuhou2.jpg
梅組にて:釈迦子と一緒に
mosyomsoyo_fuhou3.jpg
療養組にて:すいか(故)と一緒に
mosyomosyo_fuhou4.jpg
ダーナーのりえちゃnさんから
「きっと、もしょもしょくりんは虹の橋で皆とクリスマスパーティの予定があったのでしょう」
というメッセージを頂いています。私もそんな気がします。

もしょもしょくりんのご冥福をお祈りします。

訃報~やがさん太郎~

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「やがさん太郎」が、12/15に虹の橋へ旅立ちました。
夜遅くまで看病したかかさんが、眠っている間の事でした。
貧血が進み、エイズ末期で免疫力もかなり落ちていましたが、亡くなる前日はいつもと変わらない様子で、舌をペロンと出してかかさんの膝でくつろいでいたそうです。きっと最後まで安心と幸せに包まれていたのではないかと思います。最後の頃は、痛みとの闘いでしたが、よく頑張りました。今は、痛み苦しみから開放されて、先に旅立った仲良しのあか夫君や他の皆と遊んでいる事でしょう。

元気な時、大きなお腹がトレードマークでした。(2006年冬に撮影)
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療養組に来てから、テレビの上はお気に入りの場所のひとつでした。
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舌を出しっぱなしで眠るのは、もう一つのトレードマークでした。
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かかさんに撫でられて
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楽しい思い出をたくさん残してくれたやがさん太郎。
今まで本当にありがとう。
やがさん太郎のご冥福をお祈りしています。

はい、チーズ

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療養組で暮らす茶々(右)とあしょか(左)
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最近かかさんに笑顔が増えました。
例えば以前はテレビで何か面白い事言っていてもそれどころじゃなかったけど、今は普通に笑えるようになった。これは、スタッフが増えたお陰だと思う。お金の苦労は増えたけど、皆のお世話が滞りなく出来るようになった事で、心底安心したように感じます。

そして、かかさんが笑っている時、あしょかはかかさんに向かって「オボオボオボ・・・」って言います。口を突き出して何かしゃべろうとしている感じ。
楽しい雰囲気に一緒に参加しようとしているんだろうな。

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